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福岡高等裁判所 昭和32年(う)113号 判決 1957年4月13日

主文

原判決を破棄する。

本件を原審裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、検察官提出の控訴趣意書記載のとおりである。

右に対する判断。

論旨指摘の各証拠並びに被告人両名の司法警察員、検察官に対する各供述調書、犯罪経過表、各鑑定書(謄本提出)等によれば、被告人両名は、東島一男らと相謀り、被告人両名において交互に真打または番頭となり、新聞折込広告により訴因表示の日時場所に参集した数十名の客に対し、売場の正面に「お知らせ」と題し、「(1)買上値段の一割ないし五割のサービスまたは同程度の景品を与える。見切品は五割以上割引する場合がある。(2)同一品でも販売ごとに値段と割引率が異る。(3)買上品、景品の取換えは何回でもするが、返品返金はしない。」旨を記載掲示した貼紙に基いて説明を施し、まず最初に格安品たるインキ、靴下、タオル、胴巻、前掛、手袋等を市価より著しく安価に販売したが、その方法は、インキ、子供手袋、男靴下等については、真打の付け値による買受客に対し、サービスと称してその都度、買受と同数の同等品を添えて交付し、割烹前掛、サロン前掛、オーバー等については、真打がそれぞれ五〇円、三〇円、一〇〇円等と付け値して売出し、多数の客が買うと一斉に手を挙げると、整理がつかないからとて一挙にその付け値を二、三〇倍の予想外に高い値段に吊り上げ、同値でも買う旨買受方を申出た者に対し「買い振りが気に入つた、まけてやる。」とてもとの付け値に値引する等の方法を講じ、同様の方法を多数回くりかえし、客をして同所で販売される商品はすべて市価に比べて著しく安価であつて、その買受方を申出なかつた者に対し、後悔羨望の念を生ぜしめ、買受客の競争心を不当にあおり立て、昭和三一年九月一七日附犯罪明細表記載の本件被害者らも、たとえ同表記載の各商品につき、被告人らの付け値である同表記載の値段で買受方を申出ても、右同様の値引が行われ、少くとも買値の五割以上の払戻し、もしくは同等額の景品が付与されるものと信じ、もしそのような値引を行う意思が被告人らにないことが判明しておれば、買受方を申出る意思のない事実を察知しながら、被告人らは僅か一割程度の割引を、しかも手持ちの商品の交付によつて行う意思であつて、毫も客が信じている程度の値引を行う意思を有しないのにかかわらず、被告人らの作為により、客が買受値段につき錯誤に陥つている右の情勢に乗じ、「早い者が勝である。」「買わずに後悔するな。」「うんと値引をする。」等申向け本件被害者らに対し、前記明細表記載の商品等を売出し、これに同表記載の値段を付し、同値段による買受の意思を表示させてこれを売りつけたものであること、そしてその値段は品質に照らし市価に比べて予想外に高価で、その過当に高価な値段であることは、被告人らにおいてもこれを認識していたものであることを認めるに十分である。

以上のような被告人らの所為が、一般人の容易に看破することのできない詐術を施用し、客をして商品の売買値段の決定方法に関する判断を誤まらせたものであることはいうまでもない。少くとも五割以上の値引が行われるのでない限り、本件被害者らに買受意思のないことは、被告人らもこれを察知していたこと前述のとおりであるから、前記「お知らせ」の文言を理由として、被告人らに欺罔の意思がなかつたものと認むべき余地はない。

原判決が、本件につき、違法性が認められないとし、また被告人らに欺罔の意思があつたものと認められないとし、結局犯罪の証明がないと判断したのは、法律判断を誤まつたか、証拠の証明力の判断を誤まり、ひいて事実を誤認したものというのほかなく、論旨は結局理由があり、原判決は破棄を免かれない。

よつて、刑訴第三八二条第三九七条により原判決を破棄し、刑訴第四〇〇条本文に則り、本件を原裁判所に差し戻すべきものとする。

以上の理由により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下川久市 裁判官 柳原幸雄 岡林次郎)

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